私は、人生において大きな苦労なく育ってきました。
しかし、
- パニック障害という精神的な病に子供の頃から苦しめられてきた
- 「食べる」ことが嫌で、そのために父から怒号を浴びせられてきた
という幼少時代からのトラウマがあります。
これらによる心のダメージは、人格形成に大きく影響を及ぼしていると思います。
そして大人になるにつれて生きにくさや、友人の借金の返済の手伝いなど、思い悩むことが増えました。
こういった心へのダメージから、本当にすべてのしがらみから去りたい、すべての苦痛、苦しみ、苦労から解き放たれたいと感じるようになりました。
そして、そのための逃げ道、苦しみからの逃げ道として、悟りを求めてきました。
悟ることができれば、楽になるのではないか、すべてのストレスから解き放たれるのではないか、と。幻想めいたことを考え、現実逃避をしておりました。
凡人でも悟りを開けることが分かった
あなたもそうかもしれませんが、私にとって「悟り」というものははじめ、何か神秘的な魔法のようなものだと考えておりました。
一般市民ではとうてい達し得ないような、達観した仙人にしか到達できない領域ではないのかと。
俗世間を捨てて、お坊さんになり、すべての欲を捨てて、山奥に籠もって、ひたすら修行をしなければならないのではないかと。
また、心がとても清くないとなれないとも思っていました。
人の苦しみを理解し、困っている人を助け、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩に出てくるような、そんな人でなければ悟れないとか考えていました。
そうは思いながらも、本を読んだりして、あるときは「いや、悟りは誰にでも到達できるはずだ。できなければおかしい」と考えたり「やっぱり悟るには、聖人君子でなければならない」と考えたりするなど、右往左往していました。
私がそういった疑念から晴れたのは、youtubeで、ある動画を観てからです。
それはこの動画です。
脳科学者のジル・ボルト・テイラー博士が、脳卒中になったときのお話です。
脳卒中になった彼女は、左脳の動きがほとんど止まってしまいますが、脳科学者としての見地から、その状況を克明に記憶し、それを説明してくれています。
彼女のお話は、まさに悟った人が話す内容と酷似しているんです。
この動画で私は「悟り」というものに実感を持つことができました。
悟りの仙人から、悟りの見地について話されても、私としては「それはあなたの妄想でしょ」という考えが頭を離れません。
しかし、脳科学者が悟りの見地と同じことを話していたとしたら、なんとなく信じられてしまいませんか(笑)
安易な考え方ではありますが、ガチガチに頭が固い私なんかは、悟りというものを理解するために、よりスピリチュアルな方面に向かうよりも、むしろ科学的な見地で説明された方が説得力があると感じるのです。
右脳、左脳、それぞれの役割におけるテーラー博士の説明
さて、それでは右脳、左脳がそれぞれどのようなものか、テーラー博士のご意見をきいてみましょう。
それはこの動画の3分40秒ごろに解説されています。
彼女曰く「右脳にとっては“現在”がすべてです」とのこと。
これはまさに悟った人がよく言いますよね。
「『いま、ここ』しかない」と。
そしてテーラー博士は「左脳にとっては過去と未来がすべて」だと言います。
これも悟りの先生がよくおっしゃいますよね。
「思考」や「エゴ」という言い方で。
エゴにとっては、現在よりも過去と未来が大事。
過去の失敗を思い出しては嘆き、未来はそうならないようにと努力する。
そのためには、いまはどれだけ苦しくても仕方がない。
全ては過去の自分を払拭し、明るい未来につなげるためだと。
そうエゴは私自身を説得しようと試みてきます。
そしてこのエゴの理屈は、至極もっともなんですよね。
このエゴの理屈には首肯せざるを得ません。
そうして、このエゴの言うことを信じて、私は30代まで頑張ってきたわけですが。。
ですが、それで幸せになれましたか?
もちろん、楽しいこともありましたし、いまも幸せです。充足し、満足した生活を送っています。
しかし、何かが足りない。欠けている。寂しい。辛い。悲しい。苛立たしい。妬ましい。羨ましい。
そういう思いがどうしても消せません。
その思いを消そうと、そして未来が幸せであるようにと、いまもひたすら頑張っているわけです。
しかし、いつまで経っても、その“幸せな未来”は来ない(笑)
いつになっても幸せは“未来”のまま、いまはつねに苦しいわけです。
そしてこのエゴ=思考=左脳について、テーラー博士はこう言います。
動画の5分20秒頃です。
「左脳は言語で考えます」
「その小さな声が私に囁きます『家に帰る途中でバナナを買うのを忘れないで』」
「計算的な知能が洗濯をするよう思い出させます」
これは左脳の良い面ですよね。機能的な部分です。
しかし一方で、この左脳のために、世界から我々は分断されているとも指摘しています。
テーラー博士が体験した、右脳がもたらす幸福の世界
テーラー博士は脳卒中になり、左脳の機能が瞬間的に失われました。
そのときのことをこう語っています。8分20秒すぎからです。
「左脳のささやきが完全に途絶えました」
「まるで誰かがテレビのリモコンを取り、ミュートボタンを押したかのように全くの静寂になりました」
「すぐに周囲の大きなエネルギーに魅了されました」
「全てのエネルギーと一体になり、それは素晴らしいものでした」
「私はこの空間を親しみを込め『ララランド(陶酔の世界)』と呼んでいます」
「外の世界と自分をつなぐ脳のしゃべり声から、完全に切り離されているのです」
「この空間の中では仕事に関わるストレスが全て消えました」
「平安で満ち足りた気分になりました」
「想像して下さい。37年間の感情の重荷から解放されるのがどんなものか!」
「ああ! なんという幸福。幸福。とても素敵でした」
これです。
これこそが悟りの境地です。
もちろん、脳卒中を適切に対処できなくなるまでになってしまうのは問題ですが、少なくとも、このように左脳が止まり、右脳が活性化することでとてつもない幸福状態になることはご理解頂けたと思います。
我々にとって、目ざすべき悟りの境地はここだと思います。
これを科学者の見地だけではなく、僧侶の見解からもみてみましょう。
著書「怒らないこと」で有名なスリランカ出身の僧侶のアルボムッレ・スマナサーラさんもこの動画でおっしゃっています。
5分30秒ごろです。
「思考をやめるのは物凄い難しい」
「左脳が、何兆もの細胞が思考させるために構えているのだから大変です」
「しかし、ちゃんと頑張る(思考を止める)とだいたい2週間で成功します」
「思考を止めてみたら悟れます」
「たったそれだけです」
えっ!
思考を止めたら悟れるんですね!
「思考を止めたら悟れます」とあっさり言われて、とても私は勇気づけられた心地がしました。
思考を止めて、右脳に任せること。これが悟りの鍵なのです。