「悟りの境地」は現代社会で意味があるのか? 近畿大学でホリエモンが語ったことから学ぶ

堀江貴文 今を生きろ

先日、テレビの討論番組で、住職の小池龍之介さんとホリエモンこと堀江貴文さんが共演されていました。

 

ホリエモンといえば、なんだか強欲で、力強くて、弱肉強食という雰囲気がありますよね。

新自由主義の権化というような(笑)

堀江さんすみません(笑)

 

しかし、この討論番組を視聴した時「小池さんの意見とホリエモンの意見が似ている」と気づきました。

そして小池さん、ホリエモンともに、意見が合うと感じていらっしゃるようでした。

 

ブッダの思想とホリエモンの思想は通じる?

ホリエモンって「先のことを考えずに、今を生きる」ということを強調します。

そして、過去も振り返らない、と。

 

これってまさにブッダの教えの極意ですよね。

 

ブッダはまさに「過去や未来というものは、いまここには存在しないものだ。ここには”いま”しかないのだから、”いま”を一生懸命生きましょう」という考えがあります。

 

ブッダの毒矢のたとえ

ブッダはこれを「毒矢の教え(たとえ)」として教えています。

ブッダの毒矢のたとえ

どういったものかというと、たとえば、毒の矢で射られたとします。

すると、毒が全身に回りますよね。

そんなとき、その毒がどこから射られたのか、どうして射られたのか、なんのために射られたのか、一体だれにやられたのか、などといろいろなことをモヤモヤ考える前に、先に矢を抜いて治療しろよ、というものです。

 

余計なことをしていても、死が近づいてくるだけ。

「いま、やるべきことをやれよ」

これが毒矢のたとえです。

 

ですから、ブッダの教えや仏教というと、どうしてもスピリチュアルな何かとか、お経とか、お祈りとか、そういったものを想像しがちですが、ブッダはもっと即物的なんですよね。

 

過去や未来にとらわれずに、いまを一生懸命生きましょう。

それがブッダの教えなのかもしれません。

 

ホリエモンの思想が近畿大学で語られた

ですが、いまやそんなことを言ってくれる人っていますかね?

いたとしても、全く説得力のない人ばかりではないでしょうか。

私利私欲で生きたり、いい加減だったりして、本当に信頼できますか?

 

そんな中で、まあ、ホリエモンについては賛否が分かれるかもしれませんが、私自身はとても努力の人であり、誤解されている面も大きい人ではないかな、と思います。

発言が乱暴ではありますが、信念をもち、楽しく生きていらっしゃると思います。

 

ということで、今回はブッダとホリエモンの取り組みに共通点はあるのだろうかと点についてみていきたいと思います。

 

で、今回は、近畿大学の卒業式で、卒業生への激励のために訪れたホリエモンの映像をお届けしたいと思います。

ここには卒業生への熱い励ましの言葉と、夢を持って生きることの大切さを語っていらっしゃいます。

そしてそれらにはブッダの教えと酷似した言葉が語られているのです。

 

 

ホリエモン曰く「『普通』の道というものは実は無い」

堀江さんは言います。

  • 一つの会社で定年退職まで勤める
  • 家族を持ち、子供を持つ

そういった人は「おそらく皆さんのうちのごく一部」だと。

 

そういった道は、ごく一部のしか歩まない/歩めないのだと。

 

そうなんですよね。

「普通の生活・普通の幸せ」って憧れるんですけど、案外「普通」ってないんですよね。

私も含めて「普通の幸せ」を目指して生きているところがあるんですけど、その「普通の幸せ」を手にいれるって、非常に難しいと思うんですよね。

 

「普通」って、なかなか難しい。

 

私は30代の中盤ですが、まだ結婚していません。

これってもう普通を過ぎていますから、ちょっと焦りますよね^^;

これだけでも、もう「普通」というレールからは外れてしまっています。

 

私は男性ですが、女性だと焦ってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

また、堀江さんはおっしゃいます。

就職できて安泰だと思ったら大間違いです。みなさんが一生務め上げられると思っている会社はどこかで潰れたり、どこかの会社に吸収合併されたりすると思います。それを前提で生きていってください。

たしかにそうですよね。

家電メーカーは危機的な状況ですし、その他の会社もいつどうなるかわかりません。そもそも、リストラだってありますから。

大手の東証一部上場企業に就職できたからといって、それがどうしたの? という時代かもしれませんね。

 

大事なのは、企業に頼って生きるのではなく、自力を信じて生きることです。

 

ホリエモンがブッダの「無常」を語る

そしてまた、堀江さんはこうも言います。

これから人間関係も大きく変わってくることでしょう。家族制度も大きく変わっていくことでしょう。今の常識は10年後、20年後は全く通用しないようになっている可能性が非常に高いです。

そして、常識に縛られないことです。

今、皆さんが常識だと思っていることは、たとえば20年前には常識ではなかったことがたくさんある。常識とか道徳とか倫理とかこういったものは、5年、10年単位で簡単に書き換わります。そしてそのスピードというのは、グローバル化で加速していくことになると思います。

 

これらはすべて、ブッダのいう「無常」と同じことですよね。この世の中で変化しないものは一つとしてない。

すべてものは絶えず変化する。

姿形を変えないものはない。

 

けれども我々は、いまのこの幸せ、平和が永久に続くような錯覚を起こしている。

そして突然の別れ、突然の悲しみに、動揺してしまいます。

 

しかし、この世に、永久に同じまま続くような物事はないのです。

「常」なるものは「無」い。

ブッダが教えてくれたこの言葉を胸に秘めて生きていく必要があります。

 

そして堀江さんは続けます。

部下から裏切られたとか、信頼している人から裏切られてつらくないのですか? とか恨んでいないのですか? すごく聞かれることが多いです。

でも、僕は悪いことは忘れるようにしています。

過去を悔やんでもいいことは何一つ無いです。

 

これもまさにブッダの思想と同じですね。過去は悔やむな、今を生きることに集中しろ、というのがブッダの思想です。

 

これから道無き道を歩んでいかなければいけない、大変だ大変だ、と。年金はもらえるんでしょうか、とか、日本はどうなっていくんでしょうか、とか、私はとても不安ですという人たちがすごく多い。だけど、僕は老後のことなんて考えない。老後のことは老後になってから考えましょう。いくら準備してたって、50年後のことなんかわかりっこないですよ。いまから50年前に出た未来予想図とか、その当時に出たたとえばSF映画とかを見てみてください。笑っちゃうような描写がほとんどだと思います。

人間なんて、5年先の未来だって僕だって予測できないですよ。いまから10年前に、みんながスマートフォンを持って、歩きスマホとかしながら、ツイッターとかラインとかやってる未来、想像できましたか?

だから、未来のことなんか考えることには意味がない。過去を悔やんでいる暇は皆さんにはないはずだ。

 

そして上記では未来について語っています。こちらもブッダと同じことを主張していますね。未来なんてない。だから未来を気にすることはない。未来を心配しても、意味がないということです。

さらに続けます。

 

未来には楽しいことしかないと思います。

それは、どうやったら楽しくできるか。それは今を一生懸命生きることです。

なぜ私が、色々なことにチャレンジをして、そして色んな失敗をしながら、そしてたくさんの人に裏切られながらも、こうやって楽しく生きられているのかっていうのは、今を生きているからです。今を集中して生きているからです。

きましたね。そうです。ここはまさにブッダが言わんとしていることです。冒頭でブッダの「毒矢のたとえ」をご紹介しましたが、まさに、ブッダが毒矢のたとえで言っていることと同じことです。

 

これから生きていく上で大事なことは、目先のことに集中することだと思います。長期計画なんて関係ないんですよ。まずそれをやってください。それをやらない限り、始まらない。何も始まらない。

「長期計画なんて関係無い」とまで言っています。

 

もと大手企業の社長でさえ、そこまで言い切れるのですから、本当に長期計画なんていらないわけです。

 

とにかくいま、一生懸命、楽しく生きる。それがすべてだと堀江さんはおっしゃるわけです。素晴らしいことですね。

 

そして最後には、次の言葉で結んでいます。私もこの言葉を肝に銘じて、生きていきたいと思います。

この動画をシェアしていただいた近畿大学、そして堀江さん、ありがとうございます。

 

そして、今、僕が言ったことを一つの言葉にまとめて、最後に皆さんへの贈る言葉にしたいと思います。

 

未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ。

仏教はニヒリズムなのか? ニーチェの「永劫回帰」から読み解く

ニーチェとブッダの違い

かつて、世の中という理不尽さに立ち向かおうとした男たちがいました。

 

1人はブッダ。

そして今回、もう1人の男を取り上げます。

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェです。

 

彼はブッダとはまた異なる観点から、人間を苦しみから解放しようと試みました。

 

素晴らしい日本。でも生きていくのはなんと辛いことか

世の中というのは、なんと辛いんでしょうね。

 

阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震。

数々の病に、不慮の事故。

倒産、リストラ、借金。

 

こういったことを持ち出さなくても、普通にいまの20代、30代は年収300万円とかで、奨学金の返済もして、生きることにカツカツ、結婚もできないという方がたくさんいらっしゃいます。

 

日本は素晴らしい法治国家です。

治安は世界一良いですし、国民皆保険制度は完備され、識字率も高く、教育も受けられます。栄養価が考えられた給食もあります。24時間開いているコンビニもあります。

 

それはわかっているのですが、それでも、大変な時代だと思います。

生きるということは、まさに常にリスクと隣り合わせ。

リスクヘッジをしながら、なんとか毎日を生きている。。

そんな気がします。

 

ブッダはこの世の中に対し「無常」を説きます

しかし、ブッダの価値観からすれば、そういった一切合切、何もかも、我々が先入観、思い込みで貼り付けたレッテルに過ぎません。

すべてはエゴの仕業だとブッダは言うでしょう。

地震といっても、それは地盤が揺れただけ。

その結果、その地盤の上にいた人が、亡くなってしまった。

 

例えば長時間、冷凍庫に入っていれば、すぐに死んでしまいますよね。

しかし、水が凍ることを残酷だとは思いませんよね?

 

凍る、という自然現象に、人の死、という感情がプラスアルファされるから残酷なのです。

自然現象そのものには、嬉しいも悲しいもない。

 

地震で人が亡くなっても、それを人間的な視点から見れば、とても悲しいことですが、自然現象の中で、地面が揺れた、という事実だけを捉えると、そこには何も感情を挟む余地がありません。

 

水は時として凍り、風は時として強風になり、地面は時として大きく揺れる。

この世の中に一つとして、同じ形で留まっているものはない。

 

それが自然の摂理なのだとブッダは説きました。

この考えこそ「無常」です。

【参考】

縁起、そして無常とは何か? ブッダが考える宇宙の仕組み

 

「無常」とニーチェの「永劫回帰」のつながり

無常と永劫回帰

すべては無常。。

こう考えると、厭世的になったり、ニヒリズムに陥ったりします。

しかし、ブッダは決してこういったニヒリズムになることを推奨してはいません。

 

たとえば哲学者のニーチェは、世の中が人間的視点からみて虚無的なものだということを認めた上で、その世の中を強く生きることを勧めました。

ニーチェは人を超えた存在になることを提唱していました。

そう。

「超人」になれ!と勧めたわけです。

 

ニヒリズムを克服し、無意味な人生の悲惨さを乗り越えるためには、ニヒリズムを直視し、ニヒリズムを徹底する以外にない。人間は本来、一度きりの人生を十分に楽しみ、肯定的に生きるべきだ。そのためには、たとえ、どんな境遇であろうとも、どんな人生であったとしても、「人生とはそういうものなのか、よしそれならばもう一度」と叫んでしまおう。どんな人生であったとしても、「まったく同じ人生をもう一度生きたい!」と思えるように生きることだ。

代表的著書「ツァラトゥストラかく語りき」で上記のように述べています。

仮にこの苦しい人生をもう一度同じように体験することになったとしても、それどころか何万回となく体験することになったとしても、「これが人生というものなんだな、ではもう一度同じ人生を体験してやろう!!」と言える超人になろう、と言っているのです。

 

ニヒリズム的なこの無常の世の中を、肯定的に受け入れること=「運命愛」をニーチェは説いたのです。

しかし、ニーチェは最後に精神錯乱してしまったように、苦しみの因果をマッチョイズムで乗り越えようとしても、狂ってしまうだけです。

 

こんなもん、誰が考えても絶対無理でしょ(笑)

運命愛って、、そりゃ無理ってもんですよね。

 

どんなに辛いことがあっても、「よしもう一度!」って、青汁じゃないんだから(笑)

 

少なくとも私は超人にはなれません。

 

漫画「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくるディオは、

おれは人間をやめるぞ!ジョジョーーッ!

おれは人間を超越するッ!
ジョジョおまえの血でだァーッ!!

と言って、人間をやめて吸血鬼になりました。

 

人間を超えようとしても、ニーチェのように発狂するか、吸血鬼になるしか道はありません(笑)

 

ブッダはつねに「思考をやめること」を説く

では、仏陀(ぶっだ)のアプローチは果たしてどうでしょうか。

 

ブッダはこの救いがたい人の業を、どのように乗り越えることを推奨しているでしょうか。

 

ブッダの場合はカンタンです。

ブッダのアプローチは、人生を厭世的に考えたり、虚無的に見たりしてしまう“この思考”をやめれば、苦しまずに済むよ、とこう述べるわけです。

 

これはもうブッダの定番のアプローチですね。

このアプローチを詳しく理解するには「縁起」と「無常」について学びましょう。

縁起、そして無常とは何か? ブッダが考える宇宙の仕組み

 

ブッダは苦しみの原因はすべて「苦しいと思うから苦しい。この“思う”ことをやめれば、苦しくない」と説きました。

これが悟りの極意です。

 

ブッダの考えもニヒリズムなのか?

縁起は宇宙の法則

しかし、こう考えると、人生に意味なんて見いだせなくなりそうですよね。

何も考えない。

何に対しても、苦しみも喜びももたない。

 

だって考えないわけですから、何も持ちようがありません。

 

こうなるともう「じゃあ別に、大量殺戮をしてもいいじゃん。世の中に意味なんてないんだから。レイプしまくったっていいんだ、どうせ無常なんだから」と考えてしまう人もいるでしょう。

いても不思議ではありません。

 

また、今生に意味を見出せずに、自殺してしまう人もいるかもしれません。

 

ニーチェのように克服することもできず、かといって無常だから、人生は無意味だという考え方で良いのでしょうか。

 

宇宙の法則である「縁起」には誰も逆らえない

ではブッダはどのように考えているのでしょうか。

その答えも実は、縁起にあります。

縁起、そして無常とは何か? ブッダが考える宇宙の仕組み

 

あなたが世の中を無常と考え、あまつさえ、無意味だと考えたとします。

ところが、そう考えたところで、物事の縁、人の縁といった、縁起はなくならないんですよね。

 

だって、世の中に常なるものがないとしても、そこに縁そのものが存在しているのは確かなのですから。

 

縁というものは、自分が望む/望まないにかかわらず、存在し続けるものです。

 

ニヒリズムになるということは、その縁を否定するものですが、否定したところで、縁が存在しているという事実は揺らぎようがありません。

透明人間になったとしても、あなたは存在しています。

仮に自殺したところで、自殺したという事実(縁)は存在します。

 

この地球上に存在する限り、縁起が生まれ続けるのです。

良くも悪くも、どうあがいても、その縁の波の中から、我々は誰一人、逃れることはできないのです。

 

大量殺人をすれば、誰かが悲しみます。

あなたが自殺すれば、誰かが悲しみます。

 

人の縁というのは、そのようにできているのです。

ですから、もう生まれてきてしまった以上は、縁起のもとに、ただひたすらまじめに、一生懸命生きていくしかありません。

それが人の縁です。

 

そして、その縁起と無常の苦しみから解き放たれるために、我々は悟りを目ざすのです。

ソウルメイトの特徴、見つけ方は? 私がソウルメイトと出会ったときの感覚

ソウルメイトの特徴と見つけ方

ソウルメイトという概念があるそうです。

「お互いに魂が繋がっているような存在」だということ。

恋愛関係でいえば、相思相愛ということですね。

 

果たしてそんな、魂同士でつながったような、相思相愛の恋愛関係というものは存在するのでしょうか?

 

人と人のつながりはすべてソウルメイト?

ブッダに言わせれば、世の中のすべては「縁」ですし、その意味ではすべての人と人は、ソウルメイトでしょう。

その筋のスピリチュアル系の先生のお話でも、ソウルメイトは特定の関係ではなく、世の中すべての人間が出会いという縁に育まれてつながっている以上、全員がソウルメイトだとおっしゃいます。

 

たしかにそうかもしれませんが、私たちが知りたいのはそんな教科書的な回答ではないですよね^^;

もっと下世話な答えが欲しいわけです^^;

 

ようは、恋愛における「運命の相手」という概念は存在するのか、ということが知りたいですよね。

 

私が経験したスピリチュアルな体験とソウルメイトの関係

私はうさんくさいスピリチュアルなことは信じてはいないのです。

しかし、不思議な感覚、不思議な体験をすることがよくあるんですね。

 

一つはデジャヴュ(デジャブー)です。

夢の中で見た光景が、現実に再現されるというものです。

本当になんでもないときに、突然「あ、いまのこの出来事は夢で見たことがある! 次にはこうなるんだ!」と気付いて、そして本当にそのようになる。

これは結構、気持ち悪いもんですよ^^;

 

デジャヴュに気付いてからほんの数秒先の未来までしか見えませんし、全然、重要な場面ではないので、なんの役にも立ちません。

地震予知でもできれば、世の中のお役に立てるのですが。。。

だいたい1年に1、2回はこのデジャヴュがあります。

 

そして二つ目として、初めて会った人なのに、この人は絶対に前世で会った、という感覚がある、というもの。

 

ちなみに私は、前世を信じてはいません^^;

前世なんてものは、よくわからないですし、現実的な話ではないので、無いと思っています。

 

しかし「絶対に会ったことがある。でも、絶対に会っているはずがない」という人に出くわしたとき、どう解釈すれば良いのでしょうか(笑)

 

この感覚に襲われたのは、過去に何度もあるのですが、とりわけ就職したときです。

就職先の事務所には、10人ぐらいの従業員さんがいたのですが、その全員に対して「絶対に会ったことがある」という感覚を持っていました。

 

その感覚はもはや「ものすごく懐かしい」レベルで、まさに生まれたころに住んでいた故郷に帰ってきて、「あ、そういえばこの人いたなあ〜」というぐらい懐かしい感覚なのです。

 

ですから「絶対に会った」と感じてしまうのです。

 

こんな気持ち悪いことを言っていますが、それでも前世を信じているわけではありません(笑)

 

ただ、常識では計り知れない、なんらかの力があってもおかしくはないんじゃないかなとは思います。

デジャヴュの感覚、あるいは「絶対に会った」という感覚はものすごく鮮明で、とても「気のせい」では片付けられないぐらい、強固なものなのです。

ですから、こういう力を感じる時、ソウルメイトというものも、あるのではないかな〜? と思うわけです。

 

果たしてソウルメイトは存在するのか?

ソウルメイトと出会う感覚

さて、そこで、いよいよ今日の本題に移ります。

恋愛関係における運命の人、つまりソウルメイトは存在するのか? という疑問です。

 

そして私はこの答えを導き出すことに成功しました!!

 

その答えは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソウルメイトは存在します!!!

 

 

 

引っ張ってすみません。

ソウルメイトは間違いなく存在します。

 

なぜそんなことが言い切れるのか?

 

それは、

 

 

 

 

 

 

私と私の彼女の関係がソウルメイトだからです。

(のろけかよ笑)

 

いえ、のろけではないのです。

のろけではなく、真面目な検証話ですので、ぜひ「閉じる」ボタンを押さずに冷静に聞いてください(笑)

 

 

ソウルメイトと出会った時の感覚と特徴

まず、私と彼女が出会ったのは、合コンだったのですが、私も彼女も、それまでなかなか合う相手が見つからず、恋愛に行き詰まっていました。

 

そんな中で出会ったのですが、なんと、お互いに喋ったとたんに「一目惚れ」状態になってしまいました。

ただ、私の感覚を正確に申し上げると「一目惚れ」というものではありませんでした。

 

喋った途端に「あ、この人と将来を共にするのだ」というある種の諦め(というと彼女にキレられますが)というか、テレビゲームでゲームをクリアしてしまったときのような「はい、運命の人を探し当てましたね、ゲーム終了です」という感じで、恋愛というゲームに幕を下ろした感じでした。

 

これから先はもう、恋愛というものに迷うことはなく、振り回されることもなく、彼女以外からときめくということもない、そういう感覚です。

 

お互いにあった時から、もう、昔からの知り合いだったような、不思議な感覚があったのです。

会ったばかりなのに、もう何年も生活しているような、正直、気味の悪い感覚です。

会ったばかりなのに、懐かしい人に再会したような、奇妙な感じ。。。

 

 

そしてさらに気持ち悪いのが、下の名前がお互い3文字なのですが、2文字まで同じ名前。

「はるお」と「はるこ」というような、性別による最後の1文字だけが違う字なのです。

そして誕生日は1日違い。ついでに血液型はどちらも珍しいAB型同士。

 

ソウルメイトとシンクロニシティの関係

ここまでくると、お互いに笑えてきました。

スピリチュアルな人の言い方でいえば「シンクロニシティ」というやつですよね。

偶然なんだけど、偶然にしては、できすぎている、というやつです。

 

スピリチュアル的には、このシンクロがあればあるほど「正しい道」を歩んでいるという証拠になるそうです。

ですから、何か行動を起こした時に、シンクロが起これば、その行動は正しいという指針になるそうです。

 

しかし、私はこのシンクロも信じていないのですが、偶然の一致というには出来すぎていますし、まあ、面白いことだなという印象を持っています。

 

ただ、皆さんはあまりこのシンクロを気にしない方が良いと思います。

私の両親も運命的に結婚したみたいですが、シンクロはありません。

私のような例はまれだと思いますので、誕生日が一緒じゃないとか、シンクロがないとかを理由に縁をつぶさないようにしてくださいね。

 

とくに女性の方は、スピリチュアルに傾倒するあまり、占いの先生の言うことを信じすぎたりとか、運命の出会いを待ちすぎたりとか、白馬の王子様に期待しすぎたりというケースがあるようですので、広い見識を持つようにしてください^^;

 

シンクロニシティは信じなくても「ビビビ」はあるかも

シンクロニシティとビビビ結婚

そういえば、その両親のエピソードとして、私の母が、父と出会った時に「ビビビ」と電波が来たそうです。

 

私はそれまでの恋愛の中でそういった経験がなかったので「そんなの気のせい」とタカをくくっていました。

 

しかし、ビビビ、は本当にあるのですね。

まさに、私と彼女の出会いはビビビでした。

 

シンクロがなくても気にしないで良いと思いますが、ビビビはあるかもしれません。

出会ったとき、あるいは喋った時に「あ、この人と結婚するかも」とか「生涯、この人と一緒にいるんじゃないか」という感覚があるかもしれません。

 

そういう感覚を持つ可能性は高いと思います。

 

そしてお母さん、申し訳ありませんでした(笑)

運命のビビビはあります(笑)

 

ソウルメイトとの出会いの感覚は「感じ方」に特徴がある

ちなみに、このソウルメイトに出会った感覚は、

「愛してる」

「この愛は永久に変わらない」

みたいな、そんな三流の歌詞のような感情とはまた違います。

先ほども申しましたように「恋愛という旅」が終わってしまったような、ちょっと寂しくさえある感覚なのです。

 

「彼女で、俺の恋愛経験は最後なんだな」という感じなんですよ。

 

ミスチル(Mr.Children)が2000年に発表したアルバムに「Q」というものがあるのですが、そのラストの曲が「安らげる場所」という名曲なのですが、この歌詞に

 

僕はなぜ繰り返す別れを受け入れてきたんだろう?

その謎が君と出会い ちょっと解けた

というものがあります。まさにこの心境でした。

すべての出会いも別れも、この瞬間のためだったのだな、という感じです。

 

ソウルメイトを見つけるには、やはり八正道を極めよ

とまあ、私のつまらない話はこれまでにしまして、このソウルメイトである彼女を見つけるために、私がどんな努力をしたのかについて語っていきたいと思います。

 

その努力は、これです。

 

 

ひたすら、八正道に取り組むこと。

 

 

八正道というのは、ブッダが提唱した、悟りを開くためのトレーニング法です。

詳しくは下記をごらんください。

八正道の意味を理解し、実践すれば本当に悟りを開くことができるのか? 

 

いわば、正しい行いをしろということですね。

※八正道といわれても「はあ?」という方もいらっしゃると思いますので、八正道以外の見つけ方については後述していきますね。

 

私自身、別に仙人でも悟りきっているわけでもありませんが、一応、頑張って八正道に取り組んでいました。

やはり、いくらソウルメイトを待っていても、人の悪口を言っていたり、すぐに怒鳴ったり、ケチだったり、自己中心的だったりしては、ソウルメイトはやってこないと思います。

 

仮に、ソウルメイトがやってきても、すぐに別れてしまうんじゃないでしょうか。

 

私はいまの彼女がたとえ本当にソウルメイトであったとしても、

  • 感謝の言葉を口にする
  • 彼女をとにかくサポートする
  • 彼女を第一に考える

というように、決して油断、慢心はしないようにしています。

その代わり、彼女も私に対して感謝してくれて、そして甘えさせてくれています。

 

やっぱり、相手に対して

  • どういうことをしたら相手が傷つくのか
  • 相手はどういうことを望んでいるのか

という風に、気持ちを汲み取ってあげる心配りをするようにしないと、絶対に続きません。

 

私も、道半ばではありますが、そういう心配りをするトレーニングをしたからこそ、彼女と心を通わせることができたように思います。

 

ですから、もしソウルメイトと結ばれたいのであれば、何よりも誠実に、ひたすら八正道を極めると良いのではないでしょうか。

 

また、彼女も相当な数のコンパなどをこなしていたみたいです(笑)

それでも全然、気が合う人と出会えない^^;

 

そんなときに、彼女のとても大事な場所でコンパが開かれました。そこで私と出会いました。

やっぱり、そういう「自分に合いそうな場」「自分にとって大切な場」などは、なんらかのパワーが働きやすくなっているかもしれませんね。

 

ソウルメイトを見つける方法:八正道以外には?

ブッダとか悟りに関心がある方にとっては、八正道はなじみ深いものですが、興味がない方にとっては八正道とか言われても・・・^^;

という感じだと思います。

 

ですので、もう少しかみ砕いた、より実践的な方法に迫っていきたいと思います。

 

私は八正道に取り組んでいましたが、彼女の方がどうしていたか、について迫っていきます。

 

期限を決めること

彼女は、1年後の○歳までに彼氏が欲しい。

と祈っていたそうです。

そして、そのために婚活をかなり頑張っていたそうです。

とにかく出会いを求めて、数をこなしていたそうです。

 

まあ、数をこなすことにはあまり意味がないかもしれません。

私自身、前の彼女と別れてから、たった1回の合コンでいまの彼女と知り合いましたので。。

 

ただ、数をこなすことで、だんだん自分が求めている男性というか、感性が研ぎ澄まされていくのではないでしょうか。

私もそのころは、出会いというよりも自分の精神を鍛えることに集中していましたので、そういう縁が引き寄せられたのだと思います。

彼女は、期限を決めたことで、自分の中で覚悟ができ、本気で恋人探しに集中できたのだと思います。

 

感性に任せて相手を決めること

私と出会うまでも、良い男性はたくさんいたそうです。

そして、何度か会ったりもしていたようですが、彼女は以前に男性に騙された経験があり、1対1では会わないなど、とても用心深い付き合いをしていたそうです。

 

感じの良い男性はいたけれども、焦って付き合ったりはしないようにしていたみたいです。

また、キスなどの軽々しい行為は絶対にしないと決めて、安売りすること、自分の価値を下げることはしないようにしていたみたいです。

 

私に対しては、はじめから1対1で会ってくれました。

それに対して彼女の友人が、彼女に対して「えっ、あなたが1対1で会ったの? 信じられない」と驚いていました。

用心していても、感性があう相手とは出会えますから、あまり焦らないようにしましょう。

 

ソウルメイトはすごく謙虚だった

「安売りしない」とはいっても、彼女は最初からとても謙虚でした。

まわりに気遣いをし、そして合コンでも話題が途切れないように、うまく会話をつないでいました。

直接、会話をしていないときでも案外、気になる人のことは見ているものです(笑)

ターゲットの異性と話していないときでも、きちんと対応をして、露骨に好みの相手とそうでない相手の差をつけないようにしてください(笑)

 

外見重視をやめる

彼女はこれまで、かなり外見重視で相手を選んでいたようです。

私に対しても「外見も気に入った」とは言ってくれましたが^^;

お目にかけられるほどの外見はしていません^^;

 

外見でのときめきをあてにせず、会話したときの雰囲気の良さを重視するようにしましょう。

 

楽しそうにしましょう

彼女ができてから、彼女の友達にも彼氏できるようにと、飲み会をよく主催するようになりました。

しかし、男性も女性も全然、話しかけない、楽しそうにしていない方がいらっしゃるのです。

 

好みの異性がいなかったのかもしれませんが、せめて楽しそうにした方が良いです(笑)

でないと、次回から呼びづらくなるんですよね^^;

 

好みの異性がいないと、すぐに心を閉ざしちゃう方もいますが、異性にしろ同性にしろ、つながりがあれば、そこからの紹介も増えます。

私と彼女も、紹介の紹介などの薄い関係でつながった合コンで知り合いました。

 

その場で出会いがないからと早々に諦めずに、粘り強く、愛想良く、次の機会にバトンを託す気持ちで、楽しく過ごすようにしてください^^

 

体の関係は、付き合うまでの我慢

出会ってすぐ、合コン帰りにもうホテルに入ってしまう男女がいます^^;

これのまずいところは、節操がないとかよりも、まわりが薄々分かってしまうというところにあります(笑)

 

やっぱり、そうなると悪いうわさが立ちますから、本命の相手とやっと知り合えても、その相手の友達から「あいつ、誰とでも関係持つって噂だよ」とかいうことを言われてしまっては台無しです。

気をつけましょう^^;

 

会話した感じで見極める

私はもうこれが一番大事だと思っています。

外見とかいろいろな要素があると思いますけれど、しゃべっていて楽しい、落ち着く、苦にならないなど、気持ちが通じ合っていることが大事です。

 

ただし、気をつけてください。

話術が巧みな人は「あなたをノセる」会話術に優れています。

単におだてられて乗せられているのか、本当に相手も心から楽しんでいるのか、そこをきっちり見極めましょう。

しかも、褒めるだけではなく、わざとけなしたりして気を引く方法もありますので、その辺のテクニックに騙されないようにして下さいね。

ですから「話が合う」よりも「気持ちが通っている」という感覚を重視しましょう。

 

まとめ

ソウルメイトは本当にいるのか? その出会い方は? について検証してきました。

まだ「本当にそんな人いるのかなあ?」と思っていらっしゃる方も多いと思います。

そういった方は、ぜひ実際に、飲み会や合コン、婚活サイトなどから、恋活・婚活に取り組んでみましょう。

 

私の彼女も、たくさんのサイトに登録しており、そこから地道につながりをつくっていったみたいですよ^^;

ぜひ粘り強く取り組んでみて下さい!

 

▼誰にも知られず簡単にFacebookで恋活・婚活ができる「pairs」